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「夕焼けこやけの 赤とんぼ 負われてみたは いつの日か

山の畑の 桑の実を 小籠に摘んだは まぼろしか

十五でねえやは 嫁に行き お里の便りも 絶え果てた・・・」


先日。ある場所で、ご老人のみなさまとオカリナの演奏に合わせてこの歌を歌いました。

「夕焼けこやけの 赤とんぼ 追われてみたは いつの日か」
たったこれだけの歌詞。
情景をつぶやく、その行間に載った想いを垣間見る。

美しい歌だなぁ。とぼんやり。



俳人 小沢藪柑子さんの初めての句集がフランス堂という出版社から出されました。

そして、その記念すべき句集を、「棘に」と贈ってくださいました。

     IMG_0361_convert_20120224191152.jpg


モノクロに薄紙をまいた装丁はまさに表紙にふさわしく、なんのイメージも固定しない。
そして、そこになんの飾り毛もない文字で書かれた「商船旗」というタイトル。
急に思い浮ぶのは、光る海にパタパタと音をたててなびくにぎやかな旗。

余白の多い白い紙とインクの黒だけなのだけれど、
そのなかに賑やかな色のいろいろ、想いのいろいろが詰まっている。
身に寄り添った植物や自然現象の、その時々の様々。
そして、30年という時間のライフステージの様々を切り取った短い言葉。

俳句の潔さは、心を絡め取られたある瞬間を、本当にその「瞬間」を体感できる文学で、
それは瞬間であるからして何の説明も、後付けの感慨もなく、
ただ目の前のものに心が動いたことだけが綴られているのでしょう。

その瞬間だけを文字に載せる俳句というもの、
上述した赤とんぼと同様、この句集の装丁同様、最低限の事実から受け取り手が豊かなものを拡げていく。
受け取り手が拡げるからこそ、それは無限に広く深く拡がっていくことができる。

そう思うと究極の手法だなぁ…なんて。


今まで恥ずかしながら俳句というもの、句集というものを味わってみたことがなかったので、
それは本当に驚く出来事でした。


句集「商船旗」におさめられた句の中で、
 
   竜胆をきつく束ねて濃紫

という句は、棘で読まれ、棘にささげられた句だそうです。
竜胆(リンドウ)の濃い紫から、同時にこの建物の濃い茶も思い浮かび、
ここの空気をキリリと引き締める緊張感や澄んだ空気、そんなものが感じられ、
とっても感謝です。

他に、私の気に入った句をいくつか


  春雨が窓を濡らしてゆく早さ

  会議から会議へ移り日脚伸ぶ

  すこしづつ話し大げさスキー宿

  十薬の十の形のただ白し
                などなど


でも、気に入った句、ということではなく、
この句集全体を味わうのが。
一句一句味わっては顔をあげ、そしてまた違う日にパラりと味わうとか。

小沢藪柑子さんの句集「商船旗」
棘のライブラリーに並べておきます。
よかったらこの世界を覗いてみてください。
そしてお手元に欲しい方はご相談くださいね。
そして、棘のお庭を眺めながら詠んで見るのも楽しいかもしれません。



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ご本人も、フラリフラリと風や木々と語らっているような、とってもとってもステキな方です。


藪柑子さんのブログ  やぶろぐ


藪柑子 ってどんな植物だろうって思っていたら、十両の別名でした。
花言葉は「明日の幸福」ですって。
ひっそりとひっそりとある「明日の幸福」。

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